普通の主婦のこだわり日記

50歳を過ぎた今だから思うことを正直に呟いています。

命日と誕生日と命日

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

私の息子(次男)は12月17日生まれ。

この12月17日というのは、私の母、次男のおばあちゃんの命日です。とはいえ、私が5歳の時に他界しているので、次男どころか子供たちも夫も母を知りません。ただ私は、命日には、母の写真に花を必ず花を飾っていました。

 

12月17日は、次男が産まれて以来、命日よりもお誕生日を優先してきました。ごくごく普通の子供の誕生日をお祝いすると言うイベントが、毎年続いていましたが、小学4年生9歳のお誕生日に大きな事件が起こりました。

その日は、所属するサッカークラブのイベントで、長女と次男、次女を連れて、朝からスタジアムへ出かけていました。長女と次男のチームは準優勝で、銀メダルをもらい、楽しいお誕生日になるはずでした。

 

閉会式が終わり、帰宅の準備をしていた私の携帯が鳴り、電話に出ると

「りんちゃん(家猫)が道路で轢かれてたから、段ボールには寝かせて、玄関に置いた。」

夫からの連絡でした。

「いや、待ってよ。すぐに獣医さん連れてってよ。」

「無理だよ。轢かれたの昼だから」

「は?」

夫の説明では、お昼に夫が家を出るとき一緒に出てしまったが、用事があったのでそのまま出かけたが、気になったのですぐに戻ったら家の前の道路で轢かれていた。どなたかが、段ボールに乗せて道路脇に避けてくれたそう。

 

私は、子供たちを車に乗せて、簡単に事情を説明しながら家路へと急ぎました。家に着くまでの間に、小学6年生の長女に獣医さんへの連絡を頼み、身体が温かければすぐに診てくれると言う約束をしてもらいました。

家に着くと、愛猫はまだ温かいように思えて、すぐに獣医さんに連れて行きましたが、時すでに遅く、愛猫は天国へ旅立ちました。

真っ暗な中、子供たちは、庭の花壇に深い穴を掘り、愛猫お気に入りの膝掛けに絡んで埋葬しました。どうぶつ墓地と言う選択もありましたが、子供たちの話し合いで、こうすることを決めました。

愛猫のお墓は、煉瓦とオブジェで綺麗にして、次男は毎年12月17日、誰に言われるでもなく愛猫が大好きだった缶詰をお供えしています。

翌年、私は例年通りお誕生日のお祝いの準備をしていると、

「僕の誕生日はお祝いしないで」

次男がそう言って私の手を止めました。

「今日は、おばあちゃんの命日でりんちゃんの命日だから」

「でもお母さんにとっては、今日はあなたのお誕生日だよ」

次男の考えはこうでした。

命日を忘れちゃうと、おばあちゃんが寂しくて誰かを連れて行っちゃう。だからおばあちゃんとりんちゃんの命日は忘れちゃダメだと。

私は、

「おばあちゃんはそんな人じゃなかったけど、もしかしたらりんちゃんがみんなの代わりにおばあちゃんのそばに行ってくれたんだね」

と次男に伝えて、お誕生日をお祝いしないんじゃなくて、ちゃんとみんながおばあちゃんとりんちゃんのこと忘れないでいたらそれでいいからと次男を抱きしめました。

 

大人になり、家を出た今でもこの日は次男が猫缶をお供えしに来ています。

心の中では、あの日夫がすぐに獣医さんに連れて行ったら違っていたかもしれないと思うけれど、特別なこの日を誰かのせいにしながら思い出すのは嫌だと。

12月17日、母の命日で、次男のお誕生日で、りんちゃんの命日。私にとって特別な日です。